事業創造大学院大学

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お知らせ

2008.04.12

印タタ自動車と新興国における破壊的ビジネスモデル(准教授 富山栄子)

 インド大手財閥タタグループ傘下のタタ自動車が2008年夏にも東京証券取引所に日本預託証券(JDR)を上場することになりました。ある人はその新聞記事を見て「インタタ自動車ってどうしてそんなにすごいの?」と言いました。「インタタ?インドのタタ自動車・・・?。」ビジネスに関心があまりない人はインドのタタ自動車を知らないかもしれません。タタ自動車による英高級車ブランド、ジャガーの買収はさておき、今日はタタ自動車の破壊的ビジネスモデルについて新興国ビジネスの点から考えてみたいと思います。

 タタ自動車は、世界最安、10万ルピー(約25万円)の超低価格車「ナノ」を2008年9月にもインドで売り出すと発表しました。インドではこれまで日本のスズキ自動車が約5割のシェアを占めてきました。約25万円という価格はスズキがインドで販売している世界最安水準の小型車「マルチ800」(800cc)の約半値です。

 超低価格車「ナノ」はどのような人をターゲットとしているのでしょうか?おそらく主としてインドでこれまで車に手が届かなかった人たち、二輪車から買い替える人たちだと推測されます。

 顧客は大きく(1)ハイエンド層、(2)ローエンド層、(3)非消費者層の3つの層に分けることができます。顧客層によって、企業が投入する製品・サービスも異なります。

 (1)要求の厳しいハイエンドの顧客に対しては、従来の製品やサービスの内容を既存のものよりもどんどんと向上させることで、成長させていくイノベーシヨン(生き残りの(持続的)イノベーション)により、高性能、高品質、高価格の製品・サービスを投入します。

 (2)ローエンドの顧客は、そもそも、求めてもいないのに製品やサービスに多くの機能がつきうんざりしているので(満足度過剰の顧客)、企業は従来の基準に沿った良い性能を低価格で売るイノベーション(ローエンド型破壊のイノベーシヨン)により、より使い勝手が安上がりな製品・サービスを投入します。

 (3)非消費層は、十分にお金がなかったりスキル不足のために、その製品・サービスを消費しなかった人たちです。この層に対しては破壊的技術(新市場の破壊のイノベーシヨン)によって、余計な部分は取り除き、超シンプル、最低機能、超低価格の製品・サービスを投入します。この層への販売によって、企業は劇的な成長を遂げる可能性があります。

 新興国の最大の魅力は、新興国に潜む計り知れない非消費者層にあります。新たなマーケットの破壊は、非消費に立ち向かうことによって開始されます。そして、比較的単純なイノベーションによって非消費をひっくり返すことができます。インドや中国などの新興国は、非消費者をターゲットにした企業にとっては、豊かな土壌となり得ます。なぜならばインドなどの新興国の「非消費者層」は車は購入したかったのに、手が届かなかっただけです。手が届けば入門車としてとりあえず購入するようになります。ひとたび入門車を購入した非消費者層はやがて上級車へと移行していきます。

 このようなタタ自動車の破壊的戦略を、既存の実績ある自動車メーカーはどのように見ているのでしょうか?既存メーカーは,「非消費者層」が購入できるようになるとは考えてもいませんので、タタ自動車などによるこうした破壊は最終段階に至るまで,痛みは覚えず,脅威もほとんど感じないかもしれません。当面はタタ自動車が主流市場を侵略することもないでしょう。そのような安くて安全性にも問題がある自動車は、当社とは異なる顧客がターゲットだから無視しようとか、インド向けの同様の超低価格車を自社で開発して売っても一台あたりの利益が少ないから競争には加わらないことにしようとか、ブランドを維持するために、安全や環境技術を軽視したような車は開発・販売しないと考えているかもしれません。

 しかし、超シンプル、最低機能、超低価格といった破壊的技術は、当初はインド市場などの新興国など限られた市場でしか使われないかもしれませんが、やがて主流市場で競争力を持つようになるかもしれません。技術革新は速いうえ、今の自動車は使わない機能が多すぎ、多機能の自動車は必要ない、価格が高すぎると考える「満足度過剰の顧客」が先進国にも多いかもしれません。また、先進国では自動車は環境に悪いので、どこへいくにも自転車やウォーキングで行く人が増え、乗り物を利用したとしても電車やバスを使う時代になり、自動車はほとんど使わなくなっているかもしれません。日本では若者の車離れが顕著です。昔は車が若者のあこがれでしたが、今の世代は生まれたときから車に乗せられており車が特別な商品ではありません。さらに仕事や携帯電話やゲームなど他の娯楽に忙しく運転する時間もありません。土日しか車に乗れないのでカーシェアリング制も現われました。車の性能が向上したことから、中高年ドライバーの買い替え期間も延びています。高齢化が進み、視力などの面で危険だと理由から車は運転しないという高齢者も増えています。このように日本では新車販売台数は激減しています。企業が持続的イノベーションによって研究開発を重ね、高品質、高機能の車を開発しても日本では需要が減少してきているのです。

 これまで、世代の破壊者は、後には破壊される側に回ってきました。フォード゛のT型モデルは、自動車産業における破壊的成長の第一波を生み出しました。その後、トヨタ、日産、ホンダが燃費の良さで第二波を生み出しました。2007年の世界の新車販売台数ではトヨタが世界首位の米ゼネラル・モーターズ(GM)に小差に迫り、日本の自動車メーカーの躍進を印象づけています。しかし、一方で、韓国の自動車メーカー、現代や起亜が低価格車で第三の波を生み出しています。数十年後には、印タタ自動車が第四の波を生み出していることも十分あり得るのではないでしょうか。

(クレイトン・M・クリステンセンほか『明日は誰のものかーイノベーシヨンの最終解―』ランダムハウス講談社、クレイトン・M・クリステンセン、マイケル・レイナー『イノベーションへの解―利益ある成長に向けてー』翔泳社参照)