事業創造大学院大学

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お知らせ

2008.05.02

スズキのインド市場参入と鈴木修氏に学ぶ(准教授 富山栄子)

 前回の「新興市場マーケティング戦略論」の授業ではスズキのインド市場参入を中心としたインド・ビジネスのDVDを見て、グループに分かれて、ある課題について討論を行いました。

 鈴木修氏がスズキ社長に就任したのは1978年。ちょうど国の排ガス規制が、75年、76年、そして78年と行われ、厳しい経営環境での登板でした。鈴木修はこのとき考えました。「日本市場はどこも金太郎飴だ。どの県も一位トヨタ、二位日産である。後発のスズキが、どこかの県で一位を取ろうなどおこがましい。地元の静岡でさえ無理だ。ならば海外に出て、どこかで一番を取ろう。一番を取れば、社員の士気が上がる。しかし、先進国では、スズキが得意な小さな車では勝てない。そうだ、自動車メーカーのない国に出れば、間違いなく一番になれる!」当時、軽自動車トップというセグメントではNo1であったのですがそこに安住せず、あくまでも市場トップを狙った決断でした。

 82年9月にパキスタン政府との合弁事業で四輪車の生産を開始。インドへ進出したのは83年12月でした(マルチ・ウドヨグ社)。「インドは、パキスタンよりも人口が多い。ならば、自動車は売れる。また、人口が多くて国土が広い国は、政治が不安定でもクーデターは起こりにくい。なぜなら、広すぎて人が集まらないからだ」「インドを貧しい国と見てしまうのは問題がある。日本の人口が1億3000万人、インドの人口が11億。インドの人口の約10%が日本の人口になる。インドの上澄み10%と日本全体の100%との間で、収入や能力を比較したら、それはインドの10%の方が日本よりも上になるかもしれない。そういうことを理解しないと。」

 日本の自動車メーカーにとって、80年代に最も重視した市場は北米でした。各社は相次いで工場進出させていきました。アジアの場合は、政情が安定しているタイやインドネシアなどがほとんどでした。国を開いてまもない中国はもとより、モータリゼーシヨンがいつくるのかわからないインド、パキスタンはリスクが大きいとされていました。現実に、工場が立ち上がっても、日系部品メーカーは、なかなか進出してくれませんでした。しかし、現在のBRICsの躍進からもわかるように、そこにこそ宝の山「ブルー・オーシャン」が存在していたのです。

 しかし、スズキはインドのマルチ・ウドヨグ社の工場拡張を巡って、スズキはインド政府と対立しました。97年には、政府が一方的に新社長を指名し、スズキがこれに反発。国際仲裁裁判所に提訴する事態に発展しました。背景には政府内部の混乱がありました。結局、翌年の新政権発足に伴い両者は和解しました。「インドの自動車産業を育てたのはスズキだ、という思いはあった。どんな相手でも筋はきちんと通さなければならない。インドにも応援してくれる人はいて、国や言葉は違っても誠意は通じるものだ。」

 鈴木修氏のインド市場参入の決断はマイケル・ポーターの「ポジシヨニング論」からいえば、
① 魅力的な市場「インド市場」を選択し、
② 競合他社よりも有利なポジシヨン「低価格で小さな車」が競争優位を決定したといえます。

 バーガー・ワーナーフェルトの「資源ベース理論」からいえば、
① 自社独自の価値を生み出す(稀少で模倣困難な)内部資源「小さな車を低価格で製造可能」な能力を育成し、競争優位を決定したといえます。

 野中郁次郎教授の「フロネシス」(賢慮:現実の実践の倍において、場のメンバーたちが事の本質について理解を深めながら、かつ全体の善のために最もふさわしい行為を選び、実践させる知恵、主観的な要素、社会的、政治的、歴史的、美的なものに裏打ちされたもの)からいえば、鈴木修氏は、

「何を成し遂げたかったのか?」→「インドでNo1になる」「インド社会に奉仕する」
「何を実行すべきなのか?」→「インドで求められている燃費のいい小さな車を効率的に生産する」
という絶対的価値を認識し、これを実行したといえます。

 ポジショニング論、資源ベース理論、フロネシスのどの理論からみても鈴木修氏は優れた経営者であるといえるでしょう。さらに鈴木氏は人を自然と惹きつけるカリスマ性をもっていると言われています。それは即断即決ができ、現場主義者であることです。彼は積極的に現場に赴き、コミュニケーシヨンを取ります。上意下達はせず、時には相手の立場や目線に合わせて本音を引き出し、その本音の中から、ソリューシヨンを提示していく。腹を割って、心の中に包み隠さずに話し合うコミュニケーションの達人です。

 「人間はみな同じなんだ。外国人の大経営者でも、中小企業の社長でも、一般のサラリーマンでも基本は一緒。いい面をみんな持っている。だから私は、その人の地位によって接する相手を差別しない。世界中どこでも、心で通じることはできるんだ。ただし、自分の仕事を一所懸命やらなければならない。そして、目標を持って人よりも行動することが大切。5分でいい。客先に足を運び、顔と顔を合わせただけで、誠意は伝わるものだ。」

 鈴木修氏は野中郁次郎教授がいう「フォロネティック・リーダー」の特徴をいずれも満たしているといえます。
1. 善悪の判断基準を持つ:業績の達成よりもビジョンの実現を優先する、「何が善なのか」に関する判断基準を持っている
2. 他者とコンテキスト(特殊)を共有して共通感覚を醸成する能力:インフォーマルな対話の場を設けて、意志を共有する
3. コンテクスト(特殊)の特質を素早く察知する能力:問題が起きた時、まず現場に赴き、徹底的な対話や観察を行う
4. コンテクスト(特殊)を言語・観念(普遍)で再構成する能力:身近な兆しと時代の大きな潮流をつきあわせながら物事の変化を理解する
5. 概念を共通善(判断基準)に向かって、あらゆる手段を適切に用いて実現する能力:周囲を信頼し、尊重して任せる。
6. フロネシスをはぐくむ能力:人材育成の努力を惜しまない

 鈴木修氏は「フォロネティック・リーダー」で大変優れた経営者であるのですが、我々も彼の言動から学ぶことができると思うのです。あらゆる人を敬い、人に与え、人を喜ばせることができる人は魅力的である。そういう人は人を惹きつける何かをもっている。それこそが、ビジネスの鍵ではないかと。

参考文献
R.C.バルガバ『スズキのインド戦略』中経出版。
永井隆(2007)『スズキvs.トヨタvs.ホンダ「軽」ウォーズ戦陣訓』プレジデント社。