事業創造大学院大学

2025年4月、事業創造大学院大学は
開志創造大学(仮称)へ名称変更予定です。

学生の声

河村 裕介さん

自分の手で事業の幅を増やすチャンス

河村 裕介さん

株式会社新潟農商 米穀課 課長 2010年3月本学修了

社会人として大学院で学びなおすに至った経緯を教えてください。

当時親会社㈱新潟クボタに在籍していた時に親会社の社長から声を掛けて頂いたことがきっかけでした。即答で「ぜひお願いします。」と答えました。仕事の上に学校で学ぶということの大変さはすぐに想像ができましたが、不安よりも学べる喜びのほうが大きく是非勉強させて頂くことになりました。新規事業や海外という話を社長より常々話を聞いておりましたので、新規事業の立ち上げや経営関係を学べるということで、自分の手で事業の幅を増やすチャンスがあるのかと思ったらわくわくしたことを今でもよく覚えています。

大学院で学んだことが現在の仕事や実社会で役立っていると実感するケースはどんなときですか?

2012年からクボタグループで香港を皮切りに米の輸出事業がスタートしました。㈱新潟農商は㈱新潟クボタ(農業機械のディーラー)の子会社で、新潟米の集荷・販売、肥料・農薬の販売を主たる事業としております。香港に続き現在では、モンゴル、シンガポールの3か国への輸出拡大をしています。特にモンゴルでは、私が合弁会社の取締役を務めており、市場調査から合弁会社の立ち上げ、精米工場の建設、事業スタート後の資金繰り、在庫管理、販売戦略、文化の違いから起こるすれ違い、衝突など身を持って体験しております。ただ、一通り事業創造大学院大学で学んだことが体のどこかに残っていたので、様々な困難がある度に「こんなことを学んだな」、「スタート直後の資金繰りの大変さということはこういうことか」など色々なことに対処する免疫があったことは大きな力になりました。

事業計画書(ビジネスプラン)の作成にあたって社会のニーズをどのように捉えましたか?

地元村上は町おこしの成功した町として有名になっています。町おこしは成功したのですが、私のなかではスタートが成功した後に続く発展について、私なりにアイディアがありました。町屋という昔ながらの古民家が非常にめずらしいところ、現在の社会に癒しの空間を提供できるという観点で、NPO法人を立ち上げることにより、村上の地域コミュニティの創造、発展を実現させていく事業計画を作成しました。

大学院修了後に、今改めて抱く目標や展望を教えてください。

大学院を卒業して、数年農業機械の営業を続けたあとに、㈱新潟クボタの子会社㈱新潟農商へ出向となりました。メーカーの㈱クボタと協力して香港への米の輸出が始まりました。目標は日本一の米屋になることですが、米余りの時代の現在において農業機械でお世話になっている新潟の農家さんのお米を少しでも適切な形で、必要としている方に届けることが私たちの使命だと思っています。海外の新潟の米を必要としている人たちに新潟米を届けることも大事ですが、日本においても「新潟=コシヒカリ」の概念にこだわるのではなく、「新潟産米」として需要がある品種などを農家さんにお願いをして作ってもらうなど、需要と供給を敏感に感じ取り新潟の強い農業を実現していきたいと思っております。