事業創造大学院大学

2025年4月、事業創造大学院大学は
開志創造大学(仮称)へ名称変更予定です。

お知らせ

2008.04.19

「常識」を疑おう―ポーターの競争戦略論とブルー・オーシャン戦略のバリュー・イノベーション(准教授 富山栄子)

競争戦略では、ポーター理論が常識となっています。私もこれまで出版してきた数冊の著作の中でポーターの理論を当然のように引用してきました。

 その概略は以下の通りです。

 競争戦略とは企業が他社に対して競争優位を獲得するための戦略である。競争戦略には、コスト・リーダーシップ戦略、差別化戦略と、集中化戦略がある。

 コスト・リーダーシップ戦略とは 低コスト製品を実現することによってライバル会社よりも優位な競争力をもちシェアの拡大を目指す戦略を指す。シェアの拡大により、さらに規模の効果が期待できる。このため、製品、部品の標準化、生産ラインの合理化、マーケティングへの投資が行われる。そして、低コスト戦略によって低価格製品を市場に投入し、シェアを拡大していく。

 差別化戦略とは、コスト競争は避け、他社製品とは明らかに差別化された製品やサービスを提供することによって、競争を有利に導こうとする考え方である。

 集中化戦略とは、市場を地域に限定したり特殊な製品に絞ることによって,そこに経営資源を集中させることで競争優位を確立する戦略である。集中化戦略には、市場細分化戦略や特化戦略がある。

 市場細分化戦略とは、市場を細分化し、その市場ごとにニーズに合った製品やサービスを投入する戦略であり、あらゆるニーズに応える。トヨタのフルライン戦略が該当する。 特化戦略とは、特定市場に経営資源を集中投入し、市場の一部で優位性を確立する戦略で、特定のニーズに応える。スズキの小型車への特化がよく例として挙げられる。

 私は、これまでポーターの競争戦略論を使い、スズキのハンガリー市場車市場制覇やトヨタのポーランド市場戦略、キヤノンのロシア市場複写機市場制覇などの分析を行ってきました。しかし、実を言えば執筆しながら「おかしいなあ」と思ってました。たとえば、スズキは小型車へ特化しているので集中化戦略の特化戦略ではありますが、安い開発費と低コスト生産も実現しているので、コスト・リーダーシップ戦略も差別化戦略もあてはまるではないか?キヤノンはコスト・リーダーシップ戦略でロシアに参入し大成功を収めたけれど、軽くて小さなミニコピア(製品のミニアチュリゼーシヨンminiaturization)の開発は差別化戦略ではないか?なぜ、3つの戦略の中から選択しなくてはならないのか?と・・・。

 しかし、ポーターの競争戦略論は、経営学検定試験にも「常識」として出題されています。大学生にも勉強してもらわなくてはなりませんから「常識」に反するようなことは本では書けません。おかしいとは思いつつ、ポーターの競争戦略論をそのまま引用してきました。

 しかし、『ブルー・オ-シャン戦略』では、コストを下げながら、買い手にとっての価値を高める「バリュー・イノベーション」を戦略の土台として据えています。コストを下げるには、業界で常識とされている競争のための要素をそぎ落とします。買い手にとっての価値を高めるには、業界にとって未知の要素を取り入れます。すると、やがて、優れた価値に引き寄せられ売上が伸び、規模の経済性が働き、一層のコスト低減が実現するというものです。

 コスト・リーダーシップを追求するには、ライバルの製品やサービスにない独自のバリュー・プロポジション(提供価値)をあきらめる必要があるとポーターは述べてますが、ブルーオーシャン戦略では低コストと差別化の両立が可能なのです。差別化された画期的な財・サービスは、市場へ投入した初期段階では、規模の経済が得られないため、高価格ですが、次第に普及し、多くの人に購入される段階では、規模の経済が働き、低コストと低価格が実現するからです。言われてみれば当たり前のことです。

 私たちは知らず知らずのうちに「常識」を疑うことをせず、物事を決めつけて見ているのではないでしょうか?例えば、

1.おばあちゃんのような世代はゲームをしない。
2.おばあちゃんのような世代はネットで買い物をしない。
3.おばあちゃんのような世代はi-PODを買わない。

 任天堂の「Wii」は、「操作が難しい、細かすぎる、ルールや機能を覚えるのが面倒くさい、一回のゲーム時間が長い、初期設定が面倒だ」といった多くの機能を取り除いて減らし、操作を簡単にし、だれでも直感的にみんなで楽しめる機能を増やし、付け加えたことで、おばあちゃんのような世代の人にビデオ・ゲームを身近にしました。おばあちゃんたちは、「Wii」によって孫たちと一緒にゲームという娯楽を楽しむことが可能になりました。孫たちと一緒に流行りの娯楽を楽しめるということはおばあちゃんのような世代にとって感動であり価値創造です。任天堂は余計な機能を取り除くことで感動をもたらすことに成功したのです。これまでの常識では「おばあちゃんのような世代の人はゲームをしない。だから自社の顧客ではない」と思い込んでいたのではないでしょうか?任天堂はおばあちゃんのような世代である「非顧客(ノンカスタマー)」に「孫と流行の娯楽を楽しめる」という新たな価値を創造することで、自社の新たな顧客層に加えることに成功したのです。

 また、私が『ロシア市場参入戦略』を2004年に上梓したとき、ロシアとビジネスなんてアホじゃないか?ロシアが「市場」だなんて絶対にあり得ない!マフィア、汚職・・・と、誰もが思っていたに違いありません。ところが、ロシアは、ロシア経済研究の第一人者である北海道大学スラブ研究センターの田畑教授の試算では、2020年には世界5位の経済大国の地位は固いとのことです。(但し原油輸出依存体質からは脱却していないので、ルーブル・レートがかなり上がり、そのためドル・ベースでの国内価格は異常に高く見え、現在500ドル以上するモスクワのホテル1泊料金は2020年には1泊1,500ドルになるかもしれない)。

 誰もが「常識」だと思っていること、世界の著名な学者の理論も、「本当にそうなのか?」と疑ってみることは大切ではないでしょうか?この層は我が社のターゲットではないという思い込みをやめたとき、そこに「ブルー・オーシャン」(未開拓市場)が開かれるかもしれません。

参考文献:

W・チャン・キムとレネ・モボルニュ『ブルー・オーシャン戦略』有賀裕子訳、2005、ランダムハウス講談社。
富山栄子『ロシア市場参入戦略』ミネルヴァ書房。
富山栄子『わかりすぎるグローバル・マーケティングーロシアとビジネスー』創成社。
共著『新マーケティング読本』創成社。
共著『東欧の経済とビジネス』創成社。