事業創造大学院大学

2025年4月、事業創造大学院大学は
開志創造大学(仮称)へ名称変更予定です。

お知らせ

2008.05.20

新興市場と「ネクスト・マーケット」(准教授 富山栄子)

 大学院では新興市場マーケティング戦略論を担当していますが、そもそも新興市場とは何でしょう?新興市場に厳密な定義があるわけではありませんし、どの国を新興市場とするかについてのコンセンサスもありません。本や論文の著者によってその定義は異なります。新興市場の代表といえばBRICsですが、より広義には先進国以外のあらゆる発展途上国を指す場合もあります。それでも概していえば、

1.市場経済に基づいた開放的な経済体制を敷いている
2.経済発展の水準とペースが一定以上である
ことが条件とされています。

 BRICsに続く新興市場には、BRICs経済研究所の門倉貴史氏が提唱したVISTA(ヴィスタ):V :ベトナム、I :インドネシア、S :南アフリカ共和国、T :トルコ、A :アルゼンチン) 、ゴールドマン・サックス証券が提唱した、ネクストイレブン(エジプト、トルコ、パキスタン、ベトナム、フィリピン、インドネシア、韓国、メキシコ、ナイジェリア、イラン、バングラデシュ)、野村証券が提唱した、自由貿易協定(FTA)の推進、中産階級の拡大で高い経済成長が見込めるとしたTIPs(タイ、インドネシア、フィリピン),他にもアジアの新興国市場を示す言葉としては、中国、インド、ベトナムの「VICs」、中印にベトナムとタイを加えた「VTICs」などがあります。新興市場は、販売市場として先進国の企業にとって魅力と重要性が増しています。
 また、近年、世界的な経済ピラミッドの底辺(ボトム・オブ・ザ・ピラミッド=BOP)にいる人々を対象にしたビジネスもP&Gなどの欧米企業を中心として注目されています。

 現在、世界には1日2ドル未満で生活する人々が40億人いると言われています。貧困層にはお金がない。お金がないから物が買えない。だからそういう人はビジネスの対象にはならないし、生活の向上のためには援助を行うしかない。このような論理が常識とされてきました。しかし、彼らにもお金はあり、ブランド志向で、携帯電話やパソコンなどIT技術への適応力も高いとC.K.プラハラードは『ネクスト・マーケット 「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略』(2005)の中で述べています。貧困層相手にビジネスすることで、彼らの生活はより豊かになり、先進国企業が生産する製品・サービスを享受できるようになります。貧困層の人々も我々と同じように「いい暮らしがしたい」「いい物をもちたい」という憧れはあります。貧困層も、使い方を教えれば、熱心に学び正しく使いこなせるようになります。そうすることで企業にも消費者にも利益がもたらされます。彼らは一人一人の購買力が高くなくても、人数の絶対数は膨大です。このアプローチであれば、これまで手付かずだった巨大市場(レッドオーシャン)へ入っていくことが可能なのです。

 飢えている人たちに、穀物や魚を施すよりも、穀物の育て方と売り方、魚の採り方を教えて、穀物栽培に使う肥料、その販売に使う携帯電話やパソコン、魚の餌を買ってもらえばいいのです。飢えている人たちは個人として尊重されますし、自ら選択し、自尊心を養う機会を創出することができます。指導する方も、飢えている人たちを喜ばせることで利益を獲得でき、Win-Winの関係を築くことができます。それには指導する側には資本の投入やイノベーションのほかに、現地の人々の教育やコミュニティの育成が大切です。現地の意欲的で自立的な人々を育てることで、製品・サービスの生産・提供を現地の人々で行い、現地の人々が豊かになっていきます。BOPを活発な市場に変えるには、新しい創造的なアプローチが必要となります。

事例1
 たとえば、スターバックスはメキシコのチアパス地方の農業から直接コーヒーを買い付けています。これらのコーヒー農場は、野鳥の生息地を保護し、土壌の流亡を防ぐ有機的な日陰農法を実践しており、スターバックスは、この製品を高品質なプレミアムコーヒーとしてアメリカの消費者に販売しています。メキシコのチアパス地方の農家は、これによって利益を得ることができるばかりでなく、アメリカの富裕層の市場や顧客の嗜好について理解し知識を深めることができます。スターバックスは仲買人を排除し直接買い付けることで、安く環境に優しいコーヒーを調達できています。

事例2
 また、ダイムラー・クライスラーは、ブラジルでアマゾン流域の貧困・環境対策のためのプロジェクトに財政・技術支援を行っています。このプロジェクトでは、自動車インテリア部品製品に使用される天然繊維の開発を行っており、アマゾン流域の原料を使ったココナッツ繊維とラテックスで、メルセデスベンツのAクラスモデル用ヘッドレスト、サンバイザー、シートクッシヨンを生産しています。プロジェクト立ち上げ以前はゴミとみなされていたココナッツ繊維が、今では収入源となっています。これらの部品は、従来のプラスチック部品よりもおよそ5%安く作ることができます。これによりアマゾン流域地域の世帯収入は平均して1ヶ月36ドルから300ドルまで上がりました。

事例3
 中国のギャランツ・グループ・カンパニー(核欄仕集団)は、中国の狭いアパートでも使えるような、小型で電力消費の少ない電子レンジを製造し、値段を格段に安くして従来電子レンジをもっていなかった人々にも買えるようにしました。中国国内で市場を生みだせる価格ラインで利益の出るビジネスモデルを構築すれば、続き世界制覇は朝飯前で、1990年代には、世界の電子レンジ市場の40%のシェアを獲得しました。現在ではオーブン・レンジ市場で世界一のシェア(45%)を占めています。

事例4
 スーダン生まれの英国人起業家モー・イブラヒム氏は、1998年に携帯電話会社を創業しました。現在ではアフリカ域内に2000万人もの顧客を抱えます。モー・イブラヒム氏はアフリカの人たちでも無理なく携帯電話を使えるマーケティングイノベーシヨンを考え出しました。先進国では携帯電話を各自が所有しており、料金は後払いが一般的です。しかし、アフリカでは家族や近隣住民単位で携帯の本体を共有させ、人々は前払いのICチップを持ち、使うときに自分のチップを携帯に組み込んで通話やメールをする仕組みを構築したのです。こうした貧困層の顧客に配慮した小口販売戦略が奏功しました。同社の顧客はアフリカ15カ国以上に上り、アフリカ全土の携帯電話利用者の15%に達しています。

 このように新興市場はもちろんのこと、発展途上国の底辺市場においては、現地に踏み込んだ詳細なマーケティング調査、発想の転換、適切なマーケティング施策によって、新たな市場を出現させることが可能です。貧困層を「顧客」や「消費者」に変えるには、先進国向けの製品・サービスに少し手を加えるといった対応では不十分です。技術、製品・サービス、ビジネスモデルそのもののイノベーションが欠かせません。新興市場は、国際マーケティングにイノベーシヨンの機会を提供してくれているのです。

 もし、貧困層をターゲットにするだけの研究開発費の余裕がない、我が社のターゲットは富裕層だけだという企業であっても、スターバックスや、ダイムラー・クライスラーのように、ビジネス(取引)を通して、貧困層などの生活向上に寄与し、環境にも優しいCSR(企業の社会的責任)が求められているのではないでしょうか?

(参考文献)
C.K.プラハラード、スカイライトコンサルティング(訳) [2005] 『ネクスト・マーケット―「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略―』 (英治出版)。
スチュアート・L・ハート著、石原薫訳[2008]『未来をつくる資本主義』(英治出版)。
日経新聞朝刊2008年5月18日付。