人生は出会いなり ~大坪賢次社長の特別講義をお聞きして~ (准教授 富山栄子)

2009年03月18日

ニューヨークで大坪不動産株式会社を経営されている大坪 賢次 社長の特別講義がありました。

大坪さんは、南魚沼の塩沢市のご出身。六日町高校卒業後、日本大学法学部へ進学。ご実家が農家で、学費は新聞配達や牛乳配達などをして自分で稼ぎ、大学時代は法律とビジネスの勉強に打ち込みました。将来、アメリカへ行きたいなあと考えていたので、英語力をつけたいと思っていたそうです。ちょうどジャパンタイムズで英語のアルバイトの記事を見つけ、応募しました。この会社は東京オリンピックを契機に、堤 清二、牛尾 治郎をはじめとする、財界の二世達が集まって作った同時通訳の会社で、応募者は全て帰国子女で、当然ながら落とされたそうです。面接を待っている間に、少し雑談をした日本人社員が後日、社長に大坪さんのことを話したそうです。すると社長が、牛乳配達で学費を稼ぎながら将来アメリカで仕事をしたいという大坪さんに興味を示し、社長のかばんもちをアルバイトでやらないかと、声をかけてくれました。そこで、大坪さんは社長のかばんもちという厚遇のアルバイトをしつつ、社長のコミュニケーション術等を勉強することができました。

大学卒業後、渡米。ルイジアナ州立大学、スタンフォード・ビジネススクールで学び、ワシントン大学ロースクールで法律修士号取得。世界最大の法律事務所「ベイカー・アンド・マッケンジー」で日米投資実務に従事。
1981年に独立し、日米ビジネスコンサルタント会社をニューヨークで設立。「ロースクールとビジネススクールで学んだ」というちらしを配ったが、お客が来なかったそうです。暇で時間があったので、妻と双子の娘を乗せて、ニューヨーク中を車でくまなく見て廻りました。そして、大体、どこに何があるのかわかるようになっていきました。
日本では宅建ライセンスで4人までは雇えるそうですが、アメリカでは業務が分割されており、不動産取引には弁護士、測量士、税務関係と別になっているそうです。大坪さんは不動産ブローカーのライセンスを取得。1985年に大坪不動産株式会社を設立されました。知り合いの紹介等で、日本企業の駐在員用の住宅、オフィスの移転、日本からのアメリカへの投資などの仕事を手がけ、最盛期にはアメリカに5カ所オフィスをもち、社員100人を抱える会社に成長させました。

大坪社長の生き方は「人生は出会い(encounter)なり」そのものだと思います。ゴルフをするようになり、ゴルフを通じて不動産取引の多くの仕事を紹介してもらった。飛び込みではダメだけれど、人の紹介だと9割は決まるそうです。そうした出会いから、病院を手伝ってくれないかと頼まれたり、大学のマネジメント、ゴルフ場マネジメント、プロゴルファーのマネジメントなども頼まれるようになっていきました。お金と時間はなかったけれど、やる気と自分で構築してきたコネがありました。そうやっていろんな人と知り合って社会に還元していったそうです。

大坪社長のお話をうかがって一番心を打たれたのは、やはり「人生は出会いなり」です。
チャンスを待っているのではなく、これをしたいと思ったらまずどうしたらいいのか、考えて行動する。そして自ら飛び込んでいけば、そこに新たな出会いがある。その出会いを通して、見返りを求めずに相手に与え続ければ、やがて自分に戻ってくる。まさにこれを実践して成功されたのであり、実にすばらしいと思いました。

日本酒やワインにも造詣が深く、新潟ニューヨーク協会会長としても今後は新潟県へ還元していきたいとのことでしたので、是非、新潟県をこれから世界へ向けて一緒にPRしていければと思いました。

また、私にも大坪社長と同じ双子の娘がおり、南魚沼の高校に入学することになりました。新潟県内では、南魚沼などの山間部の高校は定員割れを起こす一方、新潟市内の高校は競争倍率が増すなど、若い人口が新潟県内の中心部へ流出しています。新潟県全体の活性化とともに、自然豊かな南魚沼などの農村の活性化も経済のグローバル化と絡めて一緒にできたらいいなあと思った次第です。

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